主人と奴隷
奴隷の歴史は長いです。
奴隷という存在がなぜ出来たのでしょうか。
神様が奴隷を許したのでしょうか。
全ての人類を等しく同じ価値を持った存在として創造された神様から、奴隷という考え方は出てこないでしょう。
そうであるならば、その悲惨な悲しい歴史から推察すると、サタンから始まったと見るべきでしょう。
最初の奴隷は誰でしょうか。
それは、楽園から追放されたアダムとイブです。
最初の人間がサタンの奴隷となってしまったのです。
神様は人間を喜びの対象として創造されました。
愛する対象として創造されたのです。
そして、愛によって人間を主管されようとされたのです。
愛による主観とは、親が子供に対する愛です。
親と子の関係は主人と奴隷の関係とは全く違います。
サタンと呼ばれているルシファーは人間を誘惑して、天使の役割を放棄して人間と共に楽園から追放されました。
サタンが人間を奴隷にした最初の主人です。
人間を嘘で騙して、神様の約束を破らせて、地獄に連れて行ってしまったのです。
地獄とは恐怖、孤独、不信、不安、苦痛が支配している世界です。
サタンは人間を恐怖感、不安感、不信感、孤独感を嘘で固めて支配してきました。
サタンが支配する世界は、この世の地獄です。
サタンの性格がそうだからです。
神様の愛を否定して、サタンが人間を支配する方法は恐怖と不安や苦痛を与えて支配しているのです。
人間を支配する方法には、肉体的支配と精神的支配があります。
肉体的支配とは、文字通り身体を拘束して、鞭や道具で牛馬のように働かせる事です。
人間から自由を奪い自主性を完全に否定して、隷属、服従させます。
人間を動物の様に扱い、人格を否定して主人の所有物としてしまいます。
こうして人身売買が行われます。今も行われています。
精神的奴隷とはどのような事でしょう
よくお金の奴隷となっていると聞く事があります。
お金が主人で、お金の為に何でもするということです。
お金の為に、殺人をしたり、人を騙したり、友人を裏切ったり、会社の情報を売ったり、婚約者を捨てたりと、ドラマのストーリーになりそうな話ばかりです。
どれも、お金で自分の欲望を満たすための自己中心的欲望の行動です。
サタンが自己中心的欲望の根源なので、サタンが支配する世界も自己中心的欲望が支配しています。
現代は人権が尊重されてきていますが、それでも人権を主張する動機が自己中心的な動機なので、その結果、益々偏見や差別が拡大されてしまっています。
奴隷の根源は自己中心的欲望であるといえます。
奴隷の解放はすなわち、人類が自己中心的欲望から、為に生きる欲望への昇華が必要です。
その為には人間の本当の主人は誰かを知る必要があります。
本当の主人は人間を創造された神様なのか。
人間を騙して地獄に連れて行ったサタンなのか。
悲しいことではありますが、人間はこの二人の主人と関わっています。
二人の主人は人間が行うべき指示を出しています。
神様からは良心を通じて、サタンからは邪心を通じて指示が送られてきます。
この二つの相反する指示のどちらかを選択する自由が人間には与えられています。
自分が良心を選ぶのか、邪心を選ぶのかで、自分自身の主人を選んでいるのです。
良心を選ぶことで、愛を中心とした世界に住む事ができます。
邪心の指示に従ってしまうと、サタンが支配する恐怖と不安の悪の世界の奴隷になってしまいます。
サタン支配から逃れるには、良心の指示に従って生きてこそ、自分の主人は神様であると宣言できるようになるのです。
次のトピック
46. なぜ歴史は繰り返されるのか
47. 文明の発展と衰退の理由は
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